パトロンとオペラ その2
1816年4月、この時劇場を取り仕切っていた総監督のカール・ファイゲはカッセルのウィルヘルム1世に「2000ライヒスターラーの資金を無利子で前借り」を要請しています。
この時代のカッセルの人口はまだ3万人に満たず、そのなかで興行収益だけで運営していくのはまだ不可能なのが現状でした。
その点、都市文化が開花した、たとえばウィーンやパリ、ロンドンなどは経営の形態も異なる。
劇場が特権階級や貴族を対象とした本来の宮廷劇場からしだいに一般大衆を対象としたものに形を変えていくのは、時代の自然な趨勢でした。